「天の鹿」安房直子 広島県立図書館
子供を育てることは、もう一度子供時代を生きる楽しみがあるという話をどこかで聞いたが、まさしくそれを感じるのは、本を読むことに関して。子供と一緒になって絵本をさんざん楽しみ、字が読めるようになり、長い文章が読めるようになった頃には、児童文学をもちろん手に取る。ファンタジーものや岩波世界児童文学全集などをすすめる親の指向をよそに、歴史ものや忍者や豆知識ものが好きなのは仕方ないこととして、それでも一緒に読む本を選び、親としてというより一読者としてあーだこーだ言い合うのは楽しいこと。
もう何年も前に、福音館の母の友(だったと思う)に連載されているのを読みかけて、忘れられない話があった。挿絵の雰囲気やちょっと古風な言い回し、場面設定の幻想的な感じが忘れられなくて、いつかその前後を読みたいなとその時に思った。で、図書館でふと、探してみようと思ったのだけど、作者名ももちろん題名すらわからない。無理だよなと思いながら、それでもわけもなく背表紙を頼りに何冊か手に取っているうち、ああこれじゃないか。まさしくおとぎ話的に私の手元にやってきたのであるが、それがこの「天の鹿」。私のかつて読んだ箇所は、清十さんがある鹿に連れられて鹿の市へ行き、そこで紫水晶の首飾りを買ったところだった。清十さんには3人の娘がいて、彼女たちと鹿のものがたりが繰り広げられる。美しいものがたくさん散りばめられ、多くは語らないけど、人間や自然や、欲望や愛や、生や死や、かすかに漂っているものが心に触れてくる。最後のの鹿と末娘のやりとりは胸にせまり、手を放されるように終わる。挿絵は、鈴木康司。これも相乗効果。筑摩書房刊。(初版は1979年。復刊ドットコムで復刊されています)