昨年はじめて「ほぼ日手帳」を使ってみた。手帳変遷は人それぞれ物語があると思うけど、私のここ何年かは、サイズ的に文庫本サイズがお気に入りで、無印のものを使用。シンプルでよいのだけど、薄すぎて書き込める量が少ないので、次には同サイズの白紙手帳に日付を自分で書き入れて使用。でもこれは逆に厚みがありすぎ。日付書き入れも、なんとなく雑然としすぎていていまひとつ。それで、ほぼ日のがこのサイズだということがわかり、ついに購入。その存在をなんとなくは知っていたのに、遠い回り道をしていた気分だ。
予定などを書き込む手帳機能と、日記のように文章や絵を気ままに書き綴るには、ちょうどいいかんじ。これ以上大きいと持ち運ぶのに気になるし、小さいと書き込みには不自由。隅っこに書いてある、毎日のちょっと一言も味わえる。ただ手帳に付随したカバーや文具やらがいろいろでているけど、そういうのはノータッチ。無印手帳時代からのマイ手帳カバー(裂織のお手製)を毎年掛けかえて使っている。
昨年末、パルコに糸井重里氏がやってきて、ほぼ日手帳の見て見て大会をやっていた。(正式名称はすみません不明)手帳をこんなふうに使っていまーす、と使用者が糸井氏に見せるのである。熱心なファンたちは、朝早くから予約券をもらい、時間に合わせて列に並び、にこにこ自分の順番を待っている。自分なりに出来上がった手帳を見てもらう晴れがましい舞台なのだ。のこのこと見物に出かけた者とは気合いがちがう。糸井氏に見てもらって言葉をかけてもらって写真撮ってもらって、みんなすごーく嬉しそう。ちょっと興奮した華やいだ空気が流れている。うらやましー、と思ってしまった。わたしの、見てもらうような代物かなあと、つい手帳を鞄から出して手に取ってしまった。まあ、でもこれが私の日常よね。ささやかな。愛すべき。
糸井氏は、「読んでください。書いたものをよくよく読んでください。自分が何を書いたのか。それが大切。」って言っていた。あー、それほぼ日手帳のコンセプトなのね。大きく納得。