しばらく前に古本屋で入手した「コミュニティとプライバシー」(鹿島出版会)を読んでみた。
1963年にアメリカで初版が出ていますから、学生運動が始まる前ですかね。アポロは1969年です。ちなみに僕が生まれたのは1968年12月ですから、この本が出て約5年後で、翻訳が出て2年後です。
シャマイエフは初めてだけど、アレキサンダーは学生の頃から気になる人で、講演会も一回聞いたことがあります。
この本が出たのはなんとアレキサンダー28才。翻訳した岡田新一はまだ事務所をつくっていません。
この本は、「毎月、デトロイトほどの都市人口が世界の人口に加えられつつあります。」と言う文章で始まります。
世界が膨張に次ぐ膨張を重ね、交通量も増え、過密と食料、エネルギーの不足に悩む状況が背景として存在しています。無計画な膨張が、多くの不幸な環境を生んでいるが、従来の土木的な都市計画でもない新たな視点をなんとか成立させようという意気込みを感じます。
僕が建築を学んだ84年から91年までの期間は、まさにモダニズムの自滅とポストモダン、バブル経済とその崩壊という一連の時期でした。さらに言うと、東大陥落時に産声を上げ、物心ついたときには大阪万博失敗とオイルショック、とカープの初優勝。小学校ではスタグフレーション(成長なきインフレ)を学び、造船不況を乗り越えて、建築を勉強することになったのです。
この本は、そうしたモダニズムがゆらぎ始めた時期に、新しい芽が誕生し、それが次なる枝になろうという意欲を感じられるものです。図やテキストをコラージュし、断片化されたコンパクトな情報によって、単一のストーリーとして編集することを避け、全体を知の構造体としてくみ上げる手法は、アレキサンダー特有のものを感じます。
その頃からまだ40年しか経っていない日本は、いかに人口減少を食い止めるかということが最大の課題になっています。
課題であった膨張する地域は、先進国から途上国に移りました。
都市というものの課題がいかに移ろいやすいかということも、改めて振り返るとやはり新鮮です。逆に言うなら、40年後には当然まるっきり違う課題が僕たちの廻りには誕生しているはずですが、今の日本のような課題を持つ地域がどこかにあるということも予想できます。
課題というものは、過ぎ去ったものは単なる歴史的事実として知ることも大切ですが、課題とその対策として普遍的な知識や、対処のパターンとして知っておくことも必要ですね。
このころは、建築家は都市レベルの課題を常に考え、行動していました。
現在は、建築の表層を考えるという小さな役割に満足しているように思います。○○イズムというものに、乗っかるとろくなことにならないと、ポストモダニズムに乗っかった人たちがそうした流れを作ったのかもしれませんし、現代の社会では役割分担がはっきりしすぎたので、都市レベルの話は不動産屋が専業という話になったのかもしれません。
最後に、人口膨張という課題は、終わったことではなく、実はこれからが本番となります。
日本だけ考えれば、隠居後の生活が最大の問題という感じもしますが、今後は世界がより密接に繋がりますし、日本と特に近い地域が爆発しますので、人ごとではないですね。
そうした意味でも面白い本でした。