目指すことと、それを実現すること

昨日は新しい日本代表と、トリニダードトバコの親善試合がありました。
前半は非常にいい形がつづき2得点。
中盤やディフェンスラインが流動的で、ボールも人もよく動き、少ないタッチ数で何度もチャンスが生まれていました。
サッカー協会(技術委員会)が長年目指していた形がある程度見れたと思います。
広島の小野元監督(現協会技術委員長)も、今期やろうとしたサッカーでもあったと思います。

小野監督は去年までは、○○の時は△は□。といったように非常に多くの複雑な約束事をつくることで、緻密な動くサッカーを実現しましたが、今年は優勝を狙うという目標のもとであえて大きなリスクを冒しました。
中盤のポジションを流動的にし、選手に自由度を与えることで新しい形をつくろうとしたのです。
結果は、選手が適応できず、最下位に沈没しました。

オシムは選手を自由に選択できたけど、練習は三日のみ。練習試合は一回。
それである程度目指す形をつくることができたのです。
ピッチ上の選手に自由度を与えるということも、長くジーコが言ってきたことですが、ジーコとはまるで違う形で選手たちは自由に行動していました。
目指す世界を具体的に説明することなく各自にイメージさせ、反復した練習で体に覚えさせた結果です。

目指した世界は同じでも、それを実現する手法やプロセスが非常に大切で、その力が監督の力であると言えます。
僕たち建築の設計の仕事でも同じですが、図面を描くことによって構想された空間を、現実のものとする手法やプロセスが非常に大切です。
現実の出来事にはIFはありません。実際に起こったことのみが唯一の真実となりますが、未来については確実に選択肢は多く、可能性は広がっています。
ジャンルは違えど、目指す世界を鮮やかに実現する手法を持っているオシムからは学ぶことは多いと思います。

「目指すことと、それを実現すること」への2件のフィードバック

  1. オシムは日本のスポーツジャーナリズムにも変化を起こさせる事になると思います。(オシムに接するサッカーだけでしょうけれども)
    深い知識も無く記者の感想でしかない質問や、あいまいな質問を平気でする彼らに緊張を強いています。
    トリニダードトバゴのWカップ3試合全てを見た記者はいるかと、逆に聞かれ一人もいないのを見て肩で笑ってインタビューを打ち切る姿は、甘い日本の記者たちには始めての経験だったでしょう。
    オシム初戦は残念ながら後半しか見ることが出来なかったけれども、動きの意図は伝わりました。
    我那覇のボーっとした待ちかたには、疲れたのか頭が廻らないのか残念だったけど。

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  2. ジャーナリズムの変化というよりも、新人記者の研修がわりにサッカー担当させるのではなく、サッカー報道のプロを担当にしてくれれば十分ですよね。
    代表に選ばれた選手の所属チームを知らなくて、協会に問い合わせる記者が多数いたようです。
    (栗原のことかな?)
    ユーゴ国内の民族対立を、あれだけの虐殺を生んだ内戦にまで拡大したのは、ドイツやアメリカという大国だけでなく、煽ったマスコミの影響力が大きかったとオシムは言っていました。
    サッカーを観ること、頭を使うことを記者に求める姿勢は、プロであれば当然のことですが、これまで誰も求めてこなかったので新鮮なのでしょう。
    我那覇いまいちでしたね。巻とスタメン争いすることになりますが、独自のストロングポイントを発揮して欲しいですね。

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